Blog

1, 浄化の始まり   会津の歴史

2021.08.04

私は神様と共に日本の歴史的な霊界の浄化仕事に明け暮れた。私は霊能力も無くスピリチュアルには全く興味が無かった。と言うよりも怖かったから、何故なら実家は北海道の開拓から帰省した大きな屋敷で、親族が亡くなる時は足音や物音がして怖かった。子供の時は、母親の父が会津若松の城近くで事業心ざし半ばで36才で他界した。私が子供の時、金縛りに何度かあいその男の霊に「30代半ばから一緒に商売をやるから」と言われた。私は他にも物心つくと「黒蛇が二万匹ぐらいいる中に一人立っている」と言う恐ろしい夢を何度か観て、しょっ中自家中毒にかかり、孤独で怖くてたまらなかった記憶がある。そんな私を神様は何故?選んだのかは未だに理解出来ないが、私の魂が神様と相当な契約を交わしていた事は確かだと思う。一つ言える事は、祟りに苦しめられる人生はごめんだと子供心に感じていた。何かと言うと親族は祟られていると話していた。先祖上七代孫七代と言うではないか?祟りを持ち出し祟りのせいにする大人が嫌だった。今になって思うと神様にまんまとやられてしまったと思わざる得ない。ろくな教養も医大を出た訳でもなく宗教的な要素も無い、ただ祟りとは何か?禍をもたらす祟りを解消したいと無意識に望んでいたに過ぎない。何故なら目に見えない祟りと言う魔物に人生や運命が狂わされる事は、無意味だと感じていたからだ。しかしそれも因果応報の掟からは甘かったのかもしれない。何故なら親族の度重なる不幸や不運を想うと、祟りは現実のものであり、神様に導かれた私には向き合い解決することが幸せになる道だったからだ。解消できなければ泣き寝入り、諦め、不運と不幸に打ちのめされて最後、自分を恨むしか無い。祟りとはそんな風に残酷なのだ。会津の歴史は、未だに新幹線が走らない止まらない、会津を歴史的にブロックしていた背景の力と向き合う事で、魂のルーツに触れ、何かを解読できるかもしれない。会津には深い日本の歴史が横たわっている。

pagetop